山と月

『山月』 田島青谷, 2026

「山」と「月」。
いまでは、ごく見慣れた二つの漢字ですが、その始まりをたどると、どちらもかなり素直な「絵」に行き着きます。

「山」の古い字形を見ると、いくつもの峰が連なる姿がそのまま線になっています。中央の峰が高く、その両側に小さな峰。細部は時代によって異なりますが、「これは山だろう」と、文字を知らなくてもなんとなく分かる。象形文字のおもしろさは、そんなところにあります。

一方の「月」も、もとは空に浮かぶ月の姿から生まれた文字です。古い字形では、円というより少し欠けた月を思わせる細長い輪郭をしています。「日」が四角や丸に近い形で記されたのに対し、「月」はそれとは違う姿を与えられました。空には似たような光るものが二つあるので、文字の世界でも見分けてもらう必要があったのでしょう。

つまり「山」と「月」を並べれば、もともとは山の絵と月の絵を、二つ置いているようなものです。

文字は、最初から抽象的な記号だったわけではありません。
山の稜線を眺め、月の輪郭を見上げ、その特徴を「これだけあれば伝わる」というところまで線にしていく。いわば、世界を観察して、その特徴を圧縮する作業です。

そう考えると、象形文字は意外なほど現代的です。
複雑なものを、少ない線で、ひと目で伝える。数千年前の人々は、すでにかなり優秀な「アイコン・デザイナー」だったのかもしれません。

ちなみに「月」には少しややこしい親戚もいます。「胸」「腹」「腕」など、身体に関係する漢字の左側に現れる「月」は、多くの場合、空の月ではなく、もともと「肉」という字から変化したもの。見た目は同じ「月」でも、出自が違います。漢字には、ときどきこうした“そっくりさん”が紛れ込んでいます。

そして「山」と「月」を二つ並べるだけで、そこには不思議と風景が生まれます。
音も人も描かれていないのに、山の向こうに月が昇る夜や、峰の輪郭を照らす白い光まで想像できる。

文字は、読むものになる前に、見るものだった。

「山」と「月」は、その遠い記憶を、いまも字形の中にひっそり残しています。

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